NFT市場では、現在イラスト作品が売買の中心ですが、その他、音響・映像を組み合わせたメディア作品も登場し始めています。静止画像からメディア作品へといったリッチ化はどのジャンルのコンテンツでも起きてきた現象なので、NFT市場でも同様の現象が起こる可能性がありそうです。
映像作品は画廊など既存のモダンアート市場では取り扱いにくい形式の商品でしたが、NFT市場はブラウザで参照するためメディア作品の展示・売買に向いており、作品・マーケット特性の相乗効果によって今後成長が期待されます。
NFT市場とクリエイティブコーディングの親和性
個人のアイデア勝負でメディア作品を作るジャンルとしてクリエイティブコーディングがあります。これはコンピュータプログラミングで音響・映像作品を作ろうというものです。プログラミングなら良質なカメラも不要で、大勢のスタッフも必要ありません。
クリエイティブコーディングの制作用ソフトとしてAbleton社のMAXが存在します。
NFT市場にもAbleton MAXを使用した作品が出品され始めています。NFT市場のOpenSeaで「MaxMSP」あるいは「ABLETON MAX」と検索すると、いくつか応用作品が検索ヒットします。また、特に制作手段を明記していないコンテンツにも、MAXによると思われるクリエイティブコーディング作品が出品されています。
MAXの発売元ABLETON社は、DTM(デスクトップミュージック)ジャンルのソフト会社として有名で、主力製品はシーケンサーと呼ばれる音楽データの記録・編集・再生機能を中核にした音楽制作用ソフトAbleton Liveです。元々技術開発上の協業関係にあったCycling’74社を2017年にABLETON社が買収、このCycling’74社が開発していたのがメディア制作用ソフトMax/MSPで、合併後はAbleton MAXの名称で継続販売されています(開発体制は旧Cycling’74スタッフのまま変更なし)。
Max/MSPは、IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)で1980年代に行われた音楽記述言語研究を元に開発が継続されてきた、意外と古くから存在するツールです。
クリエイティブコーディングツール「Max」の構造
Max(あるいはMax/MSP)は、制御部のMAX・音響処理部MSP・映像処理部jitterから構成されています(jitterは過去別売品だったが、現在はセット販売されている)。
MAXの音響部は、ひとことで言うとソフトシンセサイザーです。
シンセサイザーというと、1970年代にYMOの音を作ったアナログモジュラーシンセを思い浮かべます。MAXも音を出す考え方はとても良く似ており、個々の機能モジュールの入力・出力同士をパッチケーブルで接続してアルゴリズムを形作ります。
アナログモジュラーシンセには、次の図に示すように、
- ノコギリ波・矩形波など、音高に合わせて数種の波形を発生させるオシレータ(VCO)
- 波形を部分減衰させるフィルター(VCF)
- 波形増幅するアンプ(VCA)
- 音量や音高を時間ゆらぎさせるエンベロープジェネレータ(EG)
- 音高やフィルターの掛かり方を時間ゆらぎさせて音を複雑にするモジュレータ(LFO)
の5種の構成要素が存在します。
写真にある多数の回転ツマミを使って電圧制御(VC)でレベル調整します。MAXの音響部も、設定画面上でモジュール同士をパッチで結線することでアルゴリズムを作ります。
この作例では、ギターのディストーションアンプを作っています。
モジュラーシンセの時代とは異なり、単純なVCO音源の代わりに任意の音源データ(.wav)や外部からのリアルタイム入力を元ネタとして使えます。ディストーション機能はMAXの場合、チェビシェフ多項式を使ったデジタルローパスフィルター(シンセの図で言うとVCFの部分に相当)がモジュールとして用意されており、ある高さ以上の音成分をスパッと切り落とすことができます。
これらをMAXの画面上でパッチ接続し、フィルターの利き方をレベル調整すれば、素のギター音源を加工して「ジャンジャカジャンジャン」といった音を出す歪みエフェクトを掛けることができます。
音を映像化するまでの手順
MAXの映像機能jitterも音響機能と同様、モジュールをパッチ接続します。
参考として多摩美術大学 田所淳氏による「Jitterによる映像表現」作例を取り上げてみます。( https://yoppa.org/ssaw11/2735.html )
ここでは、音のうねりを映像化しており、制御画面上の左縦列が映像出力、右縦列が音響出力を担当しています。映像は左縦列の最下段「jit.window.fullscreen」に配列として出力されます。右縦列では音響モジュールから出る音が右下のスピーカへ出力されます。
スピーカ出力直前のモジュール「jit.poke~」は音の強弱を配列データとして出力しますが、データを画面の縦・横に割り当てれば、音の強弱が画像として「jit.windows.fullscreen」に現れます。図右上の「fullscreen」ウィンドウで示したように、オシロスコープのような緑色の輝線が現れます。「jit.peek~」の方はこれとは逆方向に音を映像として出力します。この2つの機能によって音と映像の間にフィードバックループが形成されて干渉が起こり、そのうねりによって複雑化した音響・映像が現れるのです。
この例では音の強弱を輝度で表現していますが、何をどう可視化するかにより、色あい・形の大きさ・動き、など様々に変化する映像を作ることができます。
ただし、jitterだけだと比較的単調な幾何学模様作りや、映像加工しかできないことになるので、実際のメディア作品では他のリアルタイムに反応するアニメーションを作るフリーソフトツールopenFrameworks等と組み合わせて使います。jitterの出力をopenFrameworksの制御データとして入力すると、アニメーションの絵柄を音に反応して動かすことができます。
MAXの応用作例を紹介
NFT作品ではありませんが、MAX応用作例をいくつか見てみましょう。あまり意識しないうちにクリエイティブコーディングらしき作品へ接していたことに気付くかもしれません。
■パフュームのライブ用背景映像作品「Fav Foods (Perfume global site project)」
openFrameworks + Max6によるリアルタイム生成
https://vimeo.com/39819739
■Aphex Twin
アンビエントミュージックのライブ「Printworks, London 14/09/19」
https://www.youtube.com/watch?v=5yQRp4j2RQM
■松本昭彦
Markov Counterpoint Algorithmic Composition with Max/MSP
https://www.youtube.com/watch?v=5fB-H1pmzwE&list=WL&index=1&t=301s
まとめ
クリエイティブコーディングによる音響・映像作品は、人間が一生懸命めちゃくちゃさを追求した作為的な「乱雑さ」とも、乱数などによる機械的な「乱雑さ」とも異なる、独特の複雑さと秩序を持っています。「乱雑さ」を増やし続けると人間は却ってそれを単調に感じるジレンマを持っていますが、クリエイティブコーディングにはそういったマンネリを打破するような新鮮さがあるように感じます。美術系大学でもクリエイティブコーディング演習は取り入れられているようですし、いずれNFT作品として、これが欲しい・買いたい!と思わせるような新しいメディア作品が登場してくることが期待されます。
今後もこちらでは、NFT関連の役立つ情報をお届けしていきます。NFTや暗号資産など、ブロックチェーン技術にご興味のある方は当社に是非ご連絡ください。